「一生懸命」に対する自意識

「ぼくらとシゴト。」ってどんなところなのかな? なんか真面目な話ばっかりしてるし、意識高い感じなのかな。うーん、じゃあ自分はいいや。

こんな風な感想を抱く人も少なからずいるのではないかなぁ、と正直思っています。確かにそういうところもあるかもしれない。けど、じつはちょっと違う。

この記事では「ぼくらとシゴト。」という場がどんなところなのか、というのを少しでもお伝えできればと思っています。そのために、ぼくの「ぼくらとシゴト。」に参加するまでの経緯とそのときに抱いた感想を書いてみたいと思います。



「誰か熱意をもって一緒に頑張ってくれる人いないかな。仲間になってほしい」

大意ですが、こんな投稿をSNSで目にしたのがきっかけです。その頃、ぼくはちょうど就職活動を終えたばかりで、残りのモラトリアムをどう過ごそうかな、なにか熱中できる面白そうなことはないかな、というようなことを考えていました。正に、ぴったりというか、都合がいいというか、そそる投稿。

「どんなことやってるの?」

ぼくは見切り発車でメッセージを送ったのでした。

「学生のキャリアデザイン支援サイトを立ち上げてるの。それより一緒にやっている人が面白い人だから話だけでも聞きにきてみてよ!」

キャリアデザイン? 面白い人? ちょっと胡散臭いような気もするけど、とりあえず行ってみるか。申し訳ないけど、はじめのはじめはこのくらいの気持ちでした。

しかし数日後、じっさいにミーティングに参加させていただいたところ、確かに、すごく面白い! というよりも、ちょっと恰好良い。なぜかって、全員がとても真剣に自分のこと・仲間のことを考え、話しあっていたからです。

就職活動、いや人生全般において「一生懸命だと他人に悟られるのはダサい」みたいな自意識に身に覚えがある人って少なくないと思います。でも「ぼくらとシゴト。」に参加している人は、もうそんな土俵からはとっくのとうに降りていて、あけすけに自分の人生・仲間の人生に対して真剣なんです。俗にいう上辺ばっかりの「意識高い系」とは一線を画している。そんな姿勢に、憧れに近い感情をぼくは抱きました。ぼくも素直になりたいって。

やりがいを感じたい。強みを活かしたい。好きなことがしたい。

そう思うことは恥ずかしくないし、むしろ当然ともいえるんじゃないか。他人の目を必要以上に意識し、自分の本音を黙殺して生きていくなんて、そんな人生、とても息苦しい。ぼくはそう思います。

自己欺瞞を繰り返すこともなければ、変に飾り立てることもしない。等身大の自分自身と真正面から対峙してみる。確かにこっぱずかしいかもしれないけど、長い目で見れば、自分にとってよい結果を得られると思いませんか?