「死ぬまでやってもいいと思える仕事。どうやって見つけましたか?」夫婦出版社アタシ社の三根かよこさんに聞いてきた。

「死ぬまでやってもいいと思える仕事。どうやって見つけましたか?」夫婦出版社アタシ社の三根かよこさんに聞いてきた。
前編では、好きのマトリョーシカについて語ってくれた三根かよこさん。
そんな三根さんは、今の仕事を「死ぬまでやってもいいと思える仕事」と話します。マトリョーシカを開けきった先に待っていた景色とは何か。夫婦出版社アタシ社の三根かよこさんに伺いました。


「転職を経て、今はデザイナーとして働いている三根さんですが、最後のマトリョーシカが『デザインが好き』だった、ということなんでしょうか」

これは持論なんですが、マトリョーシカを開けて行き着く先は「人生をかけても達成できるかわからないような、抽象的な目標を持つ」ことだと思っています。
私の場合、思考のマトリョーシカを開けていった結果、「自分の疑問に対して、自分で答えを出したい」っていう思いがすごく強いことがわかりました。私が今、抱いてる最終的な人生の目標は「人間同士はなぜ争うのか?」についての原因究明・自分なりの解決策を見つけたいってことです。

こんな大きな目標、多分一生をかけてもたどり着けない。この夢は多分……、一生手に入らない。だから、自分の目線の先で、一生輝き続けてくれるんです。この目標を見出したことで、はじめて生きている実感を得ることができました。
私にとってデザインは、この目標に対するアプローチのひとつ。テーマに対して、個としてどういうアプローチを仕掛けていくのか。その方法論は人によって全然違う。私は本やデザインが好きだったから、結果的にその手段を用いているだけなんです。


「私だったらどんな目標があるかなぁと少し考えてみましたが、一生をかけたい目標となるとなかなか難しいですね……。」

うん、そうだよね。この人生の目標を見つけるまでが、すごく難しい。見つけたと思っているだけで、実は違ったということもあるかもしれない。

どんな仕事であっても、小さな幸せは必ずあって。私の場合、サラリーマン時代に「この仕事で得られる幸せだけじゃ、幸せになれない私」っていうのが心に残り続けていたんです。仕事で良いことがあると、パッと花が咲いたように感じて、でも、すぐにしおれてしまう。それに対する違和感があった。

私が編集長の「たたみかた」という雑誌で、永井陽右さんという方に出会って。彼は「この世界からテロ・紛争をなくす」という大きなテーマに向かって、一歩ずつできることをしていて。その姿を見て、心の底から感動し、私もそういうテーマを持って生きてみたいと思いました。
彼のような大きなテーマは闇雲に探しても出てこないんだと思います。自分の内側から生まれるのを待つしかない。それは明日かもしれないし、もしかしたら死ぬ間際かもしれない。1日でも早く見い出すためにも、未来を案じるより、今、目の前のことに一生懸命やるしかないですよね。


「そのテーマや目標は、仕事の中で取り組んでいけるものでないといけませんか?」

もちろんそんなことはないと思います。仮に病気や怪我で仕事を続けられなくなった時、仕事以外の手段からもアプローチできるテーマだといいですよね。ただ、仕事を通して人生の目標に取り組むこともすごく大事だと思うんです。仕事は人生の大部分を捧げるものだから、「お金もらうため」以外に強烈なモチベーションを持てる方がいい。だから私は、生きている状態と働いている状態がシームレスな方が理想的だと思っています。



仕事っていうのは、その仕事をすることで誰かが助かって、その対価としてお金を貰える仕組みになっていますよね。つまり、自分の自己実現と他者のニーズのマッチングが必要なんです。自分が仕事をすることで、誰かが幸せになるというのが仕事の本質です。
「どうやら人間は自分がしたいことをするだけじゃ、つまり自己満足だけじゃ幸せになれない」っていうことに気づけるかどうか。
今は自分が何か生み出すことで誰かの心に光が射し、救うことができた時、本当の意味で幸せになれるんじゃないかと仮説をもっています。人生における幸せのかたちと、仕事のかたちは似ているんです。


「他者を救うことで幸せになれる、というのは承認欲求を排除した方がいいというのと矛盾している気がしたのですが、別物なのでしょうか?」

うん。この他者救済によって幸せになれるというのは、承認欲求とはまったく別のものだと思っています。承認欲求だと賞賛などの対価が目当てだけど、救うというのはもっとイノセントでピュアなものですよね。
「生まれてきてよかった」っていう実感は、承認欲求のためでなく、純粋な気持ちで人を助けたときにのみ与えられるんだと思う。そして仕事はそういう状態が生まれやすい。人を助けることで、対価をいただく。それこそが、仕事のかたちですから。


「そのテーマや目標を死ぬまで追いかけ続けていれるだろう、という確信はどこから湧いているのでしょうか?」

まずテーマがすごく普遍的なのが大きいかな。普遍的な問題への興味は、時代や社会背景に左右されないと思っています。
私は「私という個=座標上にある点P」という風にイメージしていて。点Pができることや、点Pの役割って、必然性があるものだと思うんです。私だからできることや、役割って、宿命的なものだと思います。
私と他者は座標位置が違うから、それがまた面白い。同じようなテーマであっても、中本さんだからできること、私だからできることは違う。
自分の座標位置を理解していることは大事かもしれません。前編でも話したけれど、自分の本質の本質の部分まで、自分の思考を深めるということが大事になってくると思います。



「好きなことを仕事にしていいのか」という小さな悩みから始まったインタビューでしたが、生きる意味そのものについて考えさせられるきっかけになりました。「生まれてきてよかった」という感覚を、いつか得てみたい。そのためにもっと深く深く自分について考えたいと感じました。三根さん、ありがとうございました。
中本れみ

Writer

中本れみ
Remi Nakamoto
アルバイト代のほとんどを、カレーとTSUTAYAに貢いでいます。暮らしを豊かにするものづくりがしたい。趣味は日没二時間前のお散歩と、フィルムで写真を撮ること。
▶中本れみの記事を読む