「好きを仕事にしてもいいですか?」夫婦出版社アタシ社の三根かよこさんに聞いてきた。

「好きを仕事にしてもいいですか?」夫婦出版社アタシ社の三根かよこさんに聞いてきた。
「好き」を仕事にしたい。そう思っている人はたくさんいるはず。
でも、その「好き」は何年後も、何十年後も好きでいられるのだろうか?
「好き」が仕事になったら好きではなくなってしまうのではないか。「義務」になったら辛いだけなんじゃないか。不安は尽きません。
「好き」を仕事にするって実際どうなの?
そんな疑問を今回は三根かよこさんにぶつけてみました。


三根かよこさんは現在31歳。夫婦で出版社「アタシ社」を営んでいます。旦那さんが編集者、三根さんはデザイナーとして美容文藝誌「髪とアタシ」を出版。最近では自身が編集長となって30代のための社会文芸誌「たたみかた」を創刊し、話題となりました。
今の仕事を「死ぬまでやってもいいと思える仕事」と語る三根さん。しかしそんな三根さんも、出版社を立ち上げる前は一般企業に勤めながら自分の「好き」と向き合ってきました。今回は、三根さんと「好き」を仕事にすることについて考えます。


「好きを仕事にしていいのか、不安に思ってしまいます。三根さんはどのように考えていらっしゃいますか?」

まず「”好き”ってなんなんだろう」っていうことを考えた方が良いと思うんです。「旅行が好き」「映像が好き」「デザインが好き」というレイヤーで考えるんじゃなくて、その”好きの中身”、”好きとは何か”を考えてみなくちゃいけないな、と。

「旅行が好きだから旅行の仕事」「映像が好きだから映像の仕事」といって、好きの延長線上の仕事に就いたはずなのに、働く中で「憧れの仕事に就いたのに、なぜかしんどい」という違和感にぶつかってしまうことがある。その時、改めて「自分の好き」の中身を問わないといけないと思います。

実は「○○が好き」って表面的で、例えるならば「第一のマトリョーシカ」だと思うんです。例えば、「映像が好き」は、あくまで一番外側にある「好き」であって、その内側にもっと本質的な、自分でも気づいていない「好き」が隠されているかもしれない
「映像が好き」っていう「第一のマトリョーシカ」を開けてみると、その”好きの正体”は「単純に映像を作っている時間が好き」なのかもしれないし、もしかしたら「人から褒められて他者承認を得たい」だけなのかもしれない。そんな風に、”好きの中身”を深く考えていく作業を繰り返し続けることで、死ぬまでやってもいいと思える何かに出会えるんじゃないかなと思うんです。考え抜いた結果、“好き”がフェイクだったということことも、よくあります。 




「就活するにあたって、マトリョーシカを開けていく必要があると思うのですが、そのマトリョーシカはどうすると開けることができるんでしょうか?」

承認欲求、言うなれば「誰かに認められたい欲」をこそぎ落としていくことで、次のマトリョーシカを開けることができるんじゃないかと思っています。マトリョーシカをひとつずつ開けていった先に「世界に自分ひとりしかいなくてもやりたいこと」「他人から求められていなくてもやってしまうこと」が待っているのではないか、と。



承認欲求を拠りどころに仕事をしていると、最初のうちは幸せかもしれないけど、段々その幸せも平準化されていくんですよね。輝く夢を手に入れたはずなのに、いざ手にしたらその輝きが失われていくみたいな。本当、人間の欲の深いところ。幸せもすぐに平準化しちゃうんですよね。そして「やりたい仕事をやっているはずなのに、なぜか幸せになれない私」という疑問が生じてくる。



でもそれは、就業後に気づくことだと思うんです。学生が、職業選択の時に承認欲求から自由になるのはすごく難しい。まだ何者でもない学生が「人からどう見られたいか」を無視して就活するのは無理だと思う。だから新卒の就活は「これをやっているときが楽しい」「これが好き」っていうのを軸に就活して良いと思うなあ。

社会に出ると自分が相対化されていくわけですよね。自分よりすごく仕事ができる人に出会ったりして、時には、自分のプライドが傷ついたりすることもある。そんな時こそ、「自分は本当に好きなことを仕事にできているのだろうか?」と、問うチャンスなんだと思います。

大事なのは、そうなった時に「自分に向き合えるかどうか」。「第一のマトリョーシカ」しか見えていない状態で、転職をしたりして環境を変えても、不思議と同じ壁にぶつかってしまうんですよね。自分の思考を深めて、次のマトリョーシカを頑張って開けていかないと、環境を変えても同じ困難が再生産されてしまう。



一番大事なのは、自分の本質の本質まで自分の思考を深めた先に見える、承認欲求を排除した"役割"を見つけることだと思います。
同じ悩みのまま転職しても、それはただ平行移動しただけであって、前進にはならないんです。「やりたいことやってるはずなのに…」っていう、もやもやの正体を見つけられれば、一歩ずつ前に進んでいけると思います。


「最初の就活の時点で、好きの中身がわかったら最強じゃないかと思うんですが、新卒には難しいんでしょうか」

もちろん就活中も「好きの中身」は考えると思うんだけど、就職したらその答え探しは終わり、っていうわけじゃないから。失敗したくない、後悔したくないという気持ちもすごくわかるけど、就職した先に見えてくるものが絶対ある

就活で失敗するということを恐れる必要はなくて、まずは、自分の心が良い意味でザワザワするほうに就職すれば良いんじゃないかな。繰り返しになるけど、働く中で「好きなことをしてるはずなのに、なんで私苦しいんだろ」って疑問が生まれるかもしれない。でも、それはあっていい。そこから「じゃあ私は、本当は何が好きなんだろう」という思考がはじまっていけばいいんです。そういう経験の中で、人間って深まっていくんだと思う。

もちろん就活の時に“本当の好き”が見つかったら最高だけど、“今の私”では、どうしても見つけられないこともあるから。30代の時に見つかるかもしれないし、50代の時に見つかるかもしれない。思考が深まることで、同じものが違うように見えることもあるから。
だからそこは焦らなくていいと思います。逆に就活するって時に「自分が好きな仕事」「自分にふさわしい仕事」って肩を張りすぎると、社会に出た時に現実と理想のギャップにやられちゃう。
いろんな経験をしていく中で、最終的に「自分が何をしているときに幸せなのか」が見えてくればいいですよね。

後編【輝く夢を手に入れたはずなのにいざ手にしたらその輝きが失われている現象】を脱するための考え方
中本れみ

Writer

中本れみ
Remi Nakamoto
アルバイト代のほとんどを、カレーとTSUTAYAに貢いでいます。暮らしを豊かにするものづくりがしたい。趣味は日没二時間前のお散歩と、フィルムで写真を撮ること。
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